ベトナムの食品・飲料分野のFMCG市場は、東南アジアでも特に注目を集める市場の一つです。堅調な経済成長、若年人口の多さと都市化の進展、消費者の価値観の変化を背景に、同市場はこれまでにない速さで変化しています。

マクロ経済の基盤

ベトナム経済は、2024年に7.09%、2025年には8.02%のGDP成長を記録しました。こうした経済成長を背景に、FMCG市場全体は、2026~2032年に年平均成長率(CAGR)8.9%で拡大すると予測されており、なかでも食品・飲料は売上規模で最大のセグメントとなっています。

一方で、市場を取り巻く環境には注意すべき点もあります。2026年1~4月の消費者物価指数(CPI)は前年同期比3.99%上昇し、コアインフレも同3.89%上昇しました。こうしたコスト上昇を受け、食品・飲料業界では、サプライヤーとの契約条件の見直し、高所得者層への訴求強化、価格を据え置いたまま内容量を減らす「シュリンクフレーション」などの対応が進んでいます。

消費者は、一部のカテゴリーでは価格が高くても品質のよい商品を選ぶ一方、別のカテゴリーでは節約志向を強めています。こうした消費行動の二極化を踏まえ、食品ブランドには、カテゴリーや顧客層に応じたきめ細かな戦略が求められています。

ベトナムの消費者動向

ベトナムの消費者市場を大きく変えているのが、都市化と世代構成の変化です。

都市部への人口流入が進むにつれ、ブランド商品や包装済み食品、利便性の高い商品を選ぶ傾向が強まっています。ホーチミン市とハノイは引き続き主要な消費拠点ですが、都市部と農村部の支出額の差は縮小しつつあります。また、農村市場には、包装済み食品に対する大きな潜在需要が残されています。

Z世代とミレニアル世代は、新たな消費トレンドをけん引しています。健康意識が高く、デジタルネイティブである若年層は、自分の価値観に合った商品であれば、価格が高くても購入することに前向きです。食費は家計支出全体の30%以上を占めており、若年層の選好の変化によって、食品カテゴリー間の支出配分も変わりつつあります。

主要カテゴリーのトレンド

簡便・調理済み食品: ベトナムの調理済み食品市場は、再び活気を取り戻しています。FiinGroupによると、同市場は2024年に11億米ドルに達し、2025年には12.3億米ドルに拡大すると予測されていました

消費者が求めているのは、単なる手軽さではなく、利便性と栄養価の両立です。「便利であればよい」という考え方から、健康や品質にも配慮した商品を選ぶ方向へと需要が変化しています。インスタント麺はその代表例です。ベトナムはインスタント麺の消費量で世界第3位ですが、需要は減塩タイプ、油分を抑えた商品、たんぱく質を強化した商品へと移りつつあります。

Masan Consumerの資料によると、2024年から2025年上期にかけて利便食品カテゴリーの市場規模が2.2%縮小するなか、プレミアムブランドのOmachiは市場シェアを約0.8ポイント伸ばしました。

健康食品・機能性食品: 栄養・健康食品分野の市場規模は約28億米ドルとされており、ベトナムの消費者の75%が、より健康的な商品を積極的に探していると回答しています。また、81%がパッケージへの分かりやすい栄養情報の表示を求めています
ツバメの巣、冬虫夏草、黒にんにくといった伝統的な機能性素材も、一般市場に浸透しつつあります。こうした素材は、ブランドにとって、ベトナムの食文化に根差した差別化につながります。

規制面では、保健省通達29/2023/TT-BYTにより、2025年12月から包装済み食品への栄養成分表示が義務化され、食品業界全体で、栄養表示への対応が求められています。

スナックと家庭調理向け商品: ベトナムのスナック消費量は世界平均を下回っており、今後も成長の余地があります。味は依然として最も重要な購買要因ですが、原材料の品質や健康面の訴求も重視されるようになっています。スナック消費者の53%は、シリアルバーやエナジーバーを摂取する理由として、健康上のメリットを挙げています。

家庭調理向けの商品も、ライフスタイルの変化や、原材料と表示の分かりやすさを重視するクリーンラベル需要を背景に、高い成長が期待される分野となっています。

プレミアム化

プレミアム化は、もはや一部の高価格帯商品に限られた取り組みではなく、重要な成長戦略になりつつあります。所得の上昇に伴い、消費者は品質やブランド価値の高い商品を選びやすくなっています。メーカーも、高級感のあるパッケージ、トレーサビリティを確保した原材料、付加価値のある商品バリエーションの投入を進めています。

Masan Consumerは、Omachi、CHIN-SU、Nam Ngưなどの主力ブランドで、2025~2030年の戦略の柱としてプレミアム化を掲げています。市場規模が縮小しているカテゴリーでもプレミアム商品がシェアを伸ばしていることから、戦略の有効性がうかがえます。

ただし、プレミアム化には、価格に見合う明確な商品価値が必要です。パッケージに高級感を持たせるだけでは、消費者の継続的な支持を得ることはできません。

流通チャネルの変化

ベトナムでは、都市部と都市近郊を中心に、モダントレードと呼ばれる近代的小売チャネルが急速に拡大しています。2025年1~5月には、モダントレードを通じたFMCG販売数量が前年同期比4.2%増加しました。

一方、個人商店や市場などの伝統的小売チャネルも、依然として市場の50%以上を占める重要な販売経路です。特に2025年のテトでは、買い物客の84%が伝統的小売チャネルを第一の選択肢としていました。ただし、今後の成長余地は、モダントレードに比べて限定的とみられます。

Eコマースも急速に成長しています。ベトナムのオンライン小売市場は2025年に310億米ドルに達し、前年比25.5%増となりました。さらに、2026年第1四半期のオンライン小売売上高は約53億米ドルに達し、前年同期比32.74%増加しました。

なかでもTikTok Shopは、コンテンツの視聴から商品の購入までを一体化させることで、若年層を中心に存在感を高めています。また、即時配送サービスの普及により、日常の食料品購入でもEコマースの利用が広がり、実店舗との競争が一段と激しくなっています。

テト:最大の商戦期

旧正月のテトは、年間FMCG売上高の約20%を生み出す、年間最大の商戦期です。

2026年のテト商戦では、国内の旺盛な祝祭需要に加え、同年第1四半期に過去最高となる676万人の外国人観光客がベトナムを訪れたことも、食品・飲料分野の販売を後押ししました。同四半期には、卸売・小売業が9.62%、宿泊・飲食サービス業が7.49%成長しています。テトは、ベトナム人の伝統的な消費に加え、訪越外国人の需要も取り込める重要な販売機会といえます。

2026年のテト期間中には、Eコマース上でもFMCG商品の販売が大きく伸び、「食料品・食品」カテゴリーは、売上高と販売数量の両方で上位5カテゴリーに入りました。食品ブランドがテト商戦を成功させるには、適切な商品と販売チャネルを選び、地域ごとの需要に合わせて施策を調整することが不可欠です。

外資系企業の存在感

外資系企業は、ベトナムの消費者向けパッケージ商品(CPG)市場の約40%を占めており、市場では激しい競争と継続的な商品革新が進んでいます。各社は継続的な再投資を行うとともに、変化する消費者に対応するため近代的小売インフラを拡充し、市場基盤を強化しています。

Nestlé

Nestléは1995年以降、ベトナムで事業基盤を拡大してきました。同社はベトナムにおける最大のスイス系投資家であり、累計投資額は約20.2兆ベトナムドンに達しています。

また、持続可能なコーヒーの買い付けに年間約7億米ドルを投じており、ベトナムの年間コーヒー生産量の約20~25%を購入しています。こうした調達活動は、ベトナムの農村経済にも多額の資金をもたらしています。

Acecook

Acecook Vietnamは、ベトナムの即席麺市場で確固たる地位を築いています。2024年には、同市場で40.7%のシェアを占め、33億パックを販売しました。また、2023年度の売上高は15兆ベトナムドンに達しています。

2026年3月には、投資額が2億米ドルを超えるVinh Long工場が稼働しました。これにより、Acecookのベトナム国内の工場数は14カ所となり、生産・供給体制がさらに強化されました。

Ajinomoto

Ajinomotoは、ベトナムの調味料市場で高いシェアを占めています。2024年度時点で、うま味調味料セグメントでは約60%のシェアを持つトップ企業であり、風味調味料セグメントでも約30%のシェアを占めています。

Ajinomoto Vietnamの2025年の納税額は4,500億ベトナムドンを超え、現地経済にも貢献しています。また、2009年以降、Ajinomoto Scholarshipを通じて、ベトナム人学生の日本での修士課程進学を支援しています。

Orion

Orion Food Vinaも、ベトナムでの事業規模を拡大しています。最近では、バクニン省のYen Phong 2C工業団地で3カ所目の工場を着工しました。さらに、東南アジア向けの戦略的製造拠点としての機能を強化するため、ホーチミン市で4カ所目となる工場の建設も進めています。

Orionは2020年以降、ベトナムで2桁の売上成長を維持しています。2025年1~9月の売上高は約1兆8,000億ベトナムドンに達し、ロシアとインドでの売上高を上回りました。
2026年第1四半期も成長が続き、ベトナム法人の売上高は前年同期比17.9%増の1,513億ウォン、営業利益は同25.2%増の266億ウォンとなりました。

ブランドへの示唆

ベトナムの食品・飲料分野のFMCG市場には、大きな成長機会があります。ただし、すべてのブランドがその機会を享受できるわけではありません。今後、ブランドが最低限押さえるべきポイントは次の4つです。

健康と透明性を基本要件とすること: 分かりやすい原材料表示や、正確で根拠のある栄養訴求は、特に都市部の若年層にとって、商品の差別化要素から購入の前提条件へと変わりつつあります。

オムニチャネル対応を標準とすること: 伝統的小売、モダントレード、Eコマース、ソーシャルコマースを組み合わせた販売体制が必要です。ただし、すべてのチャネルで同じ施策を展開するのではなく、それぞれの特性に合わせて販売方法や訴求内容を変える必要があります。

明確な商品価値を伴うプレミアム化: 消費者が価格の高い商品を選ぶのは、そこに納得できる付加価値がある場合です。商品自体の改善を伴わず、パッケージに高級感を持たせるだけでは、継続的な支持は得られません。

地域性と季節性を正確に捉えること: ベトナムは一つの均質な市場ではありません。南北では味の好みや利用する販売チャネルが異なり、こうした違いは販売戦略を左右します。テトに向けた施策についても、地域ごとの需要や商習慣を反映する必要があります。

今後の見通し

ベトナムの食品・飲料分野のFMCG市場は、成熟が進む一方で、市場構造は複雑さを増しています。消費者の目は一段と厳しくなり、販売チャネルは多様化し、競争相手も増えています。

適切な商品、明確なポジショニング、有効な流通戦略を持つブランドにとって、ベトナムは大きな成長機会のある市場です。一方、5年前と同じ前提のまま事業を続けるブランドにとって、変化に適応するための猶予は残り少なくなっています。