英国食品FMCG市場:価格重視・規制・ディスカウンター革命が変える市場構造
英国の食品FMCG(Fast-Moving Consumer Goods:日用消費財)市場は、世界でも特に競争が激しく、複雑な市場構造を持つ分野の一つです。2025年の市場規模は2,662億ドルで、2034年には4,053億ドルに達すると予測されており、年平均成長率(CAGR)は4.64%と見込まれています。
この市場を特徴づけているのは、消費者の強い価格意識、健康志向の高まり、そして数十年に一度ともいえる大規模な規制改革です。英国市場で事業を展開するブランドや小売企業にとって、2025年は単なる成長の一年ではありません。価格をより重視する一方で、倫理的な消費への意識も高まり、商品の原材料や成分、製造背景などについて、これまで以上の透明性を求める消費者に対応するため、事業や商品のあり方そのものを見直す重要な転換期となっています。
生活費高騰の影響が残る英国市場
現在の英国食品FMCG市場を理解するうえで欠かせないのが、生活費高騰、いわゆる「コスト・オブ・リビング危機」の余波です。英国の食品インフレ率は2023年に12.2%まで上昇しました。その後、上昇率自体は落ち着いてきたものの、この時期に生まれた消費者の購買行動の変化は、現在も根強く残っています。最新の調査では、消費者の83%が今後も食品価格は上昇すると予想しています。
その結果、消費者は以前にも増して商品を慎重に比較し、「価格に見合った価値があるか」を強く意識して購入するようになりました。価格への敏感さは、一時的な物価高への対応ではなく、英国の消費者の購買行動に定着した特徴になりつつあります。そして、それに伴って小売市場の勢力図も大きく変化しています。
Tesco、Sainsbury’s、Asda、Morrisonsの「Big Four」と呼ばれる大手4社の英国食品小売市場におけるシェアは、2015年の75%から現在では68%まで低下しています。その一方で、AldiやLidlなどのディスカウントスーパーが着実にシェアを拡大しており、英国の食品小売市場における競争の構図そのものを変えつつあります。
プライベートブランド:低価格の代替品から市場の主役へ
プライベートブランド(PB)は、もはや景気が悪いときに選ばれる「安価な代替商品」ではありません。現在では、英国の食品小売市場を支える重要な存在へと変化しています。欧州全体では、2025年6月までの12か月間にPB商品の売上高が5,000億ユーロに達し、食品小売全体の38%を占めました。2年前の35%からさらにシェアを伸ばしています。また、IGDが2025年6月に実施した消費者調査では、64%の消費者が「PB商品の品質はナショナルブランドと同等、またはそれ以上」と評価しています。2021年には49%だったことを考えると、PB商品の品質に対する消費者の評価が大きく向上していることが分かります。かつてPB商品の最大の弱点と考えられていた「品質の差」は、事実上ほとんどなくなりつつあります。
小売企業は現在、自社のPBを単なる低価格商品ではなく、大手FMCGメーカーのブランドと直接競争する商品として位置づけています。商品開発への投資を強化するだけでなく、高級化やサステナビリティへの対応などを通じて、ブランドそのものの価値を高めようとしています。一方、大手ブランドメーカーにとっては厳しい状況です。Unileverも2025年上半期の業績報告で「PB商品への代替が加速している」ことに言及し、利益率に構造的な圧力がかかっていると警告しています。今後、ブランドメーカーが生き残るためには、味、機能性、サステナビリティなどの面で、PB商品よりも明確に優れていることを消費者に示す必要があります。十分な差別化ができなければ、小売企業のPBとディスカウンターの低価格商品の間に挟まれることになります。英国の食品FMCG市場では、中価格帯のブランドが差別化できる余地が急速に狭まっています。
健康志向の高まりとHFSS規制の波
英国の食品FMCGブランドにとって、近年特に対応が求められているのが、脂肪・糖分・塩分を多く含む「HFSS(High Fat, Sugar and Salt)」食品をめぐる規制です。2022年10月には、HFSS商品をレジ周辺や通路のエンド部分など目立つ場所に陳列することを制限するルールが導入され、2025年10月には複数購入時の割引などを対象とする販促規制も始まりました。さらに、2026年1月5日からは、午後9時以前のテレビ広告や有料デジタル広告におけるHFSS商品の広告規制も施行されています。
労働党政権のもとでは、政府のアプローチも、単純に規制を強化する方向から、企業の自主的な改善を促す方向へと変化しています。2025年7月に発表された10項目からなる「Good Food Cycle」では、健康を食品業界全体で取り組むべき課題と位置づけ、商品の配合変更を促すインセンティブや企業との連携を進める方針が示されました。さらに、2029年までに、大手食品関連企業に対して健康的な食品の販売実績に関する報告を義務付ける方針も打ち出されています。
メーカーにとって、商品の塩分・糖分・脂肪分を見直す「リフォーミュレーション」は、もはや規制に対応するためだけの取り組みではありません。味を損なうことなく、より健康的な商品へと改善できれば、それ自体が競争力につながります。小売企業側も健康志向の商品を優先する売り場づくりへと移行しているため、こうした商品にとって、店頭での販売機会を広げることにもつながります。
プラントベースとサステナビリティ:買い物に反映される消費者の価値観
環境問題や倫理的な消費に対する意識も、英国の消費者の購買行動を大きく変えています。2025年2月に公表された調査では、英国人の70%がサステナビリティを「かなり重要」または「非常に重要」と回答し、80%が持続可能な商品であれば、より高い価格を支払ってもよいと回答しています。
こうした変化を最も分かりやすく表しているのが、プラントベース食品の市場です。英国のプラントベース食品市場は2025年に4億3,310万ドル規模に達し、2034年には10億8,000万ドルまで成長すると予測されています。年平均成長率(CAGR)は10.41%です。成長の背景には、健康意識の高まりに加え、動物福祉への関心や、完全な菜食主義ではなく肉の摂取量を減らす「フレキシタリアン」の増加があります。英国では約780万人の成人が、今後肉の摂取量を減らす、または肉を食べない食生活へ移行することを考えています。つまり、プラントベース商品の購入層は、ヴィーガンやベジタリアンだけにとどまらず、より幅広い消費者へと広がっているのです。
さらに重要なのは、プラントベース食品が「一部の消費者向けの高価格なニッチ商品」から、一般的なスーパーで日常的に購入できる商品へと変わり始めている点です。Lidlは2025年1月、自社の「Vemondo」ブランドから28種類の手頃な価格のプラントベース商品を新たに投入し、価格は1.09ポンドから設定しました。
この動きは、プラントベース食品が一部の消費者の価値観を表す特別な商品ではなく、英国のスーパーマーケットにおける「日常的な選択肢」へと移行していることを示しています。
デジタル化の進展と今後の展望
英国のFMCG市場では、オンラインをはじめとするデジタルチャネルの重要性がますます高まっています。オンライン食品市場は4.3%の成長が見込まれており、小売チャネルの中で最も高い成長率となっています。また、2025年には英国の食品市場売上の10.2%がオンライン販売によるものになると予測されています。
フードデリバリー市場も同様に成長しています。英国のフードデリバリー市場は2025年に143億ポンド規模に達すると予測されており、2019年からの市場拡大率は87%に上ります。消費者が食品を購入する場所は、従来のスーパーマーケットの店舗だけではなく、ECサイトやアプリ、デリバリーサービスなどへ着実に広がっています。FMCGブランドにとっても、店舗での商品展開だけでなく、オンライン上で消費者にどのように商品を見つけてもらい、選んでもらうかが、これまで以上に重要になっています。
英国のFMCG産業は現在も同国最大の製造業分野であり、製造業全体の生産額の約14%を占めています。一方で、その競争環境は大きく変化しました。AldiやLidlをはじめとするディスカウンターの台頭は、市場の勢力図を恒常的に変えています。プライベートブランドは品質面でナショナルブランドとの差を縮め、健康関連の規制への対応は商品戦略に欠かせない要素となりました。そしてサステナビリティも、もはや一部の高付加価値商品だけが備える特徴ではなく、消費者から当然のように求められる要素になりつつあります。
今後の英国食品FMCG市場で成長するためには、「手頃な価格」と「品質」の両立、そして「規制への対応」と「消費者に選ばれる魅力」の両立が求められます。こうしたバランスをうまく実現できるブランドにとって、市場には依然として大きな成長機会があります。
その一方で、価格、品質、健康、環境への配慮など、消費者が商品に求める条件は以前よりも多くなっています。英国の食品FMCG市場には大きな可能性が残されているものの、ブランドにとって失敗が許される余地はこれまで以上に小さくなっていると言えるでしょう。







